« 散在と時間(鳳凰編) | トップページ | さっぱり薄味(素材がいいから) »

2008/03/05

そこには愛しかない

どーも。

厳しい寒気もやっと山を越え、WFやオラタコといったお祭りも夢の如く過ぎ去りました。ふぃっと気が抜けたオレは予定通り風邪をひいてしまいまして、ドテラを着込んで犬を膝にのせ渓流シーズン到来のニュースなどボンヤリと眺めておりますが、こんなところをご覧になられている一部好事家の皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。早くも次、次のイベントや制作、情報収集に奔走されておられましょうか。

Img_2323かく言うオレもWFでこんなものを買ってしまい、もうね、ウズウズしています。アタマはズキズキしてますけどね。1/60… かわええでしょ。一つ200円でした。可動を仕込むか固定で作るか、ああ、迷わしい。

 

先日、やっと例のシロクマの映画を観てきました。 ヨロイを着たヤツじゃなくて氷が溶けかけて苦労する方のシロクマです。NHKスペシャル・プラネットアースを本放送、再放送と欠かさずエアチェックしてきたエセ・ネイチャーファンのオレと嫁。ヘンテコな動物や特殊な自然環境、珍しい自然現象なんかを美しいハイビジョン映像(ウチはフツーのテレビ)でじっくりと見せてくれる好企画で、さすが天下の国営放送、受信料払っててよかった、と大きくうなづける番組でした。そしてこの映画「アース」は、その変奏曲と言える地球賛歌、生命を育む奇跡の惑星を主人公とした物語……なのですが、野生生物に密着した臨場感あふれる映像の半分近くがプラネットアースでもう観たヤツでした。それもシロクマのくだり、ゾウが水を求めて旅するくだり、極楽鳥たちの求愛ダンス、クジラのくだりなど主だったパートはことごとく使いまわし。まあ、お金払ってでももう一回観る価値のある映像だったのでその点に不満は少ないのですが、いかんせん気になったのが使いまわしではない撮りおろしの映像がどれも切れっ端のまんまで、量も少なく密着度合いも薄く、ペラペラだったこと。。。まあ、どの動物もべったりくっついて撮影してれば必ず感動のドラマや驚くべき生態を見せてくれるというワケではないでしょうし、考えてみればこっちが勝手に感動したり感心しているだけで(制作や編集の人たちがそれを助長するように構成しているのもありますね)、彼らはなんも考えないでその日暮らしをしているだけですもんね。

そしてもう一つ、WFへ足を伸ばす目的の一つだった亜空間漂流ガルダスを、都合四回パワープレイしました。今回も相変わらずのマニファクチュアっぷりで、男の、いやさ漢の汗が結晶していました! オレはそのテのサークル的というか同人誌的なガレージワークが主にどういう指向性を持つものかまったくしらないのですが、たぶんここまで照れやテラい、おもねりを回避してストイックに作られていることってないんじゃないでしょうか? ファントムさんご本人によるとオマージュというか引用は盛り込まれているようですが、決してパロディではないようです。あくまで本気、おちゃらけナシ! 作る、という行為につきまとうなんとなく後ろめたいような気恥ずかしさは一点もないのです。復刻版アストロ球団第一集の解説において庵野秀明が「我々シラケ世代にはもうこういう作品を描くことはできない」といった旨のことを書いていまして、条件付きですがこれはシラケ世代以降にもあてはまり、あらゆる場面で支配的な風潮です。本気で作ったモノは万人をねじ伏せるような非の打ち所のないモノであってしかるべきという価値観の副作用で、ほとんどの場合本気にならずにチカラを抜いて作ることがエクスキューズになっているというワケですね。でも、ガルダスにはそんな余地がない。月を地球にブチ落とすようなおそるべき侵略者が、チマチマした戦車(異世界の臭いなどまるでないフツーの戦車)をワラワラ繰り出して空飛ぶロボットを囲む。こう説明されてつっこみたくなりますか。なるでしょうね。でも、つっこむくらいなら観ないほうがいいでしょう。これはなぜとかどうしてを超えたところに価値を見出さねばならない作品なのです。製作過程はどうあれとにかく出来上がったものが全てである、という価値観もそれはそれでサムライっぽくてかっこいいんですけど、それが全てでなくてもいい、っていうことを教えてくれるのがオレにとってのガルダスです。作りたいんだよ、もうどうしようもなく! っていうリビドー主体の行動原理。どうですか、勇気をもらえませんか?

そういった中で、最近ガンダム00はもう完全に失速、というかもうまったくおもしろくなくなってしまいました。どっちの陣営がこういった思惑で動き、そして主人公たちはジレンマの中で正義を貫こうと…みたいな、もう本当に無価値なストーリーで、しかも登場人物はどいつもこいつもキチ○イで童貞、かっこよくて簡単に作れるプラモデルやおもちゃを売るためだけに進行するただのコマーシャルです。あんなにかっこよかったティエレンはもうロクに動くシーンさえなく、トンデモ科学の粋、GNドライブとかいう動力源が乱造されたためにどいつもこいつもスーパーサイヤ人になってしまう最後期のドラゴンボールみたいな様相を呈してきました。なんかもう、観なくてもいいんですけど… どうして毎回同じことをしないとダメなんですかね。思うに、今回は新しいものを作るぜ! っていう気概は通用しない世界なのでしょう。結局みんな、お金のために働いているんでしょうしね。

…ですが、グレンラガンは再放送で観ていてもなぜか毎回涙腺がヤラレます。おっぱいを揺らしとけばいい、絶対にヤバい状況を作ってムリヤリ乗り越えさせればいい、とにかく啖呵をキラせればいい、みたいな発想で作られていないのかとものすごく疑ってしまうこころの汚れたオレなんですが、どこまでもまっすぐに突っ走っている姿を見せられると条件反射で涙が湧いてくる。結局ヒネくれた大人になるしかなかった自分への贖罪の気持ちが働くのでしょうか…。

|

« 散在と時間(鳳凰編) | トップページ | さっぱり薄味(素材がいいから) »

コメント

朴訥な心、行いに勝る感動はないでしょう… といってみたりw

”00”は見てますが、各陣営のスケールが小さすぎて拮抗してない感じが萎える…

投稿: 赤鼻のキム | 2008/03/05 01:58

>キムさん

>朴訥な心
どうしてこんなに感じ入る自分がいるのかわからないんですが、「なんで山に登るのか」と聞かれて「そこに山があるから」としか答えようがない行いには孤高の美しさはたしかにあるでしょうね。

OO観てますか。最初の頃はもしかしたらおもしろくなってくるんじゃないかと期待してみたんですけど、結局は各勢力の軍人さんたちがほとんど私怨で絡み合うだけですもんね。戦争根絶がストーリーのキーワードの一つですけど、あんなに少人数で世界を動かしているんだったらロボットなんかで戦わずに座談会で収まる気がします。

投稿: パトリック・とまサワー | 2008/03/05 23:48

「惚れちまったんだ、しょうがねぇ。」
”理由”という説明は必要ないでしょう。

>私怨で絡み合う
しかも非常に身近な関係で、小さい輪の中の出来事。主人公達以外の世界の人々は置いてきぼり…

>座談会で収まる
そうなんだよねー、収まりそうな人物達なんですよ。主要な登・場・人・物・達がw ダグラムなんか観てるとねー 周辺をウロウロしてて、どうにもならない辛さってのがビシビシくるんだけども。

最後までどうなるかわからないけど、背筋のひんやり感は拭えないなぁ…

投稿: 赤鼻のキム | 2008/03/06 02:07

>キムさん
まるっきり門外漢が無知丸出しで言いますが、ガンダムの企画を立てたり脚本を書いたりする立場になるのは、ガンダムが好きで好きでガンダムばっか見ていた人たちなんじゃないでしょうか? オタクがオタク向けにロボットアニメを作るのだから同人誌の域を超えないのはもしかしたら必要条件でさえあるのかもしれません。どうにか「おめめパッチリキャラ」を消化してついて行っても、到着する先がメイド喫茶みたいなところである可能性は未だに濃厚ですね。。。

投稿: 徳富とま | 2008/03/07 21:26

「惚れちまったんだ、しょうがねぇ。」
”理由”という説明は必要ないでしょう。

↑これ、ガルダスについてのコメントね。私、8ミリで自主制作やってたグループに参加してたことがあるんですよ。オマージュあり、パロあり、ストーリーの完成度はさておいて、作りたい!観たい!シーンを重点的に。ローカル映画祭に出したりもしたけど、なにより作りたいという欲求が第一で、作ることが楽しかった。アニメも途中で挫折したけどやってみた。だから大変さもわかるし、今もって「創り続けることへの熱を持ち続けること」への憧憬があります。

”ガンダム”スタッフが誰か注目してないからなぁ~ どんな仕事をしてきたかも知らない。正直だれがつくろうと夢中になれるものならOKなんだけど。でも、やりたがる人いないってどっかで読んだw 

投稿: 赤鼻のキム | 2008/03/08 17:49

>なにより作りたいという欲求が第一で、作ることが楽しかった

理由なんてないんでしょうね。つい理屈っぽくいろいろ動機を探してしまう我々大人ですが、子供の頃は粘土やレゴでいくらでも遊んでいられました。それにしても映画やアニメを? キムさんも凝り性ですよね~!


>今もって「創り続けることへの熱を持ち続けること」への憧憬があります。

できることとできないことがある程度わかってしまうというか、自分の天井を決めてしまっている我々大人です。ましてや仕事や生活といった様々な制限や体力も情熱を削いできますもんね。オレがファントムさんにこれほど入れ込むのは、ひっくりかえってもマネできないからです。全てを棄てて、とまではいかないでしょうが、人に後ろ指さされたり創作物をこき下ろされたり心ない罵声を浴びせられたりしても後に引かない、というか最初から退路の準備がない潔さ持っておられます。なによりモノをつくる人間特有の狂気が作品からも漂っているのです。「誰もやらないことを自分がやる」というOne&Onlyの魂にも共感を覚えます。世の中に受け入れられるものを作っていこうという打算ではなく、いいものを作って納得させてやるんだ、という気概がもう… すんません、つい熱っぽくなってしまいます(笑 

ガンダムにしても「おもしろくねーよ」とブログでこき下ろすのは誰もがやってることでしょうが、だったらオレがガンダムを作れるのか、って言われたらできないワケですし、所詮オレはそこまでの器。せめて作ることに狂った男に夢をみることで慰めを見出すのが関の山です…

投稿: とまーゾ・ギラルディ | 2008/03/08 21:23

はいはーい、そこまでぇヽ(´ー`)ノ

ガンダムはね、お仕事。

採算を考えない自己表現としてのモノ作りのスピリットとは、スタート地点も方向も違うにょーヽ(´ー`)ノバカジャネーノw?
てかさぁ、とまそん様のレスはネタなんだよね?
どうも、マジなのかボケなのか分かりにくいのでなぁ。
四十路夜明け前のあにぃが、マジで書いてるなら、かなり痛いぜ?

それと、モノを作るからには、後ろ指さされたり、シカトされたりするだけのものは作りたくねーなぁ。
だって、作ったら認めて欲しいし、ホメて欲しいもの。
そういう欲求が無いかのように振る舞うのは、偽善だと思うし、ホントに自己完結だけで平気なら、オナニーと一緒。
自己表現(自己満足)から社会表現(相互理解・社会性獲得)に昇華してこそ、本当の表現活動になると思うし、
「相手にこんなふうに見て欲しい」
って、思うのも、モノを作る原動力たると思いますよ?
また逆に、とま様が感動し、その感動を他者に伝えることでも、オナニー(自己)はエンターテイメント(社会)化されていくわけでしょ?
そういったコミュニケーション性をとま様は一切無視してるのが、とっても気になるにょ。

投稿: あご。 | 2008/03/08 22:46

>えーさん

いや~本気も本気、大マジっすよ。モノを作るきっかけとして一番純粋なエナジーは「作りたい」でしょうもの。誤解を避けるためにもう一度おさらいすると、「できあがったモノが全て」っていう価値観は動かすことのできない世の摂理として認めた上で、あえて遠回りしても訴えたい「何か」を手作りの作品で打ち出していく姿勢を美しいと感じてるワケですよ。えーさんもオナニーという言葉を使ってますが、どっぷり浸ってのオナニーでしか生み出しえないなにかがある、穿ち過ぎた見方かもしれないけどそういう風にオレは受け止めたワケね。

社会にコミットしようとしないただ独善的なだけの製造物はたしかに醜悪だとオレも思います。ただそれはオレがガンダムに感じる「オレにも面白く感じるように作れやダボ!」という悪感情と同じく、自分の持つ尺度で「社会に向けられてないな」と感じるモノと、作り手本人が明らかに「閉じた表現」を選んでいるかにもよるのです。
単にサブカル指向というかマイナー指向なだけかもしれませんが、オレを見ろ! こんなに気持ちええぞ! と自分でステージをこしらえてするオナニーは、やっぱり立派にエンターテイメントですよ。これが万人に認められたら逆にイヤな気もするけどね。

あとねえ、、ホメて欲しいとかモテたい、って、もちろん強力な動機だしオレも持ってるけど、目的じゃないとオレは思う。ホメて欲しくてなにかするんだったら、プラモなんてやんないでもっと若い女の子が興味持つようなことがいいに決まってるしね。。。ま、痛いオトナってトコは否定のしようもないけどなw

投稿: とまそん様 | 2008/03/09 01:12

とまそんさん、誤解ないようにいっときますけど、私は強力なリーダーシップで仲間を引っ張る奴についてフィルムに出て演技したり(あー恥ずかしい… )、モデルガンなどの小道具を用意しただけで凝り性じゃないんですよ。

映画にしても漫画にしても強大な”創りたい”って欲求を持った奴に遭ってしまったんですよ。演技なんかも引いちゃうくらい迫真の演技で「半端じゃねーな、コイツ!!!」って。とにかく”創る”ってことが優先で迷惑なんか考えない奴w こんななんでこういう業界で今でも創ってるんだけどね。

投稿: 赤鼻のキム | 2008/03/09 01:50

>キムさん

完全に誤解しましたよ~…キムさんならやるかもしれんじゃないですか。いや、よくわかんないですけどもね。
幾人もの人間を束ねて自分の思い描いた通りのモノを作り出そうとするっていうのは、言い方変えるととんでもないワガママですよね。他のことは全て二の次にしてしまうんでしょう。巻き込まれたほうはたまったもんじゃないでしょうけど、そういう人の熱にアテられてひどい目に遭って見てもいいなあと思うオレはやはりマゾなんでしょうね。。

投稿: 今日のとま村さん | 2008/03/10 20:37

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 散在と時間(鳳凰編) | トップページ | さっぱり薄味(素材がいいから) »